ルイス・ブニュエル監督のやりたい放題の映画というわけか。見知らぬ男に「絶対に大人にみせちゃダメ」と言われた写真数枚を手渡された少女。家に持ち帰り、両親がその写真を見る。まあ、イヤらしいというその写真は海外の名所を写した写真。みんなが集って座る椅子が便器などなど、ストーリーがまったくない、まったくわけがわからないエピソードの羅列だ。
こういう変な映画は私は好みなので、ブニュエルのイマジネーションを愉しむ映画として面白かった。オムニバス形式で前に出演した役者が次のエピソードに出て、全部がそれで繋いでいるが、各エピソードには何にも意味が無い・・・と思ったのだが、最初のエピソードで、フランス兵に銃殺されるスペイン兵が「自由よ、くたばれ」と叫ぶ場面がどうやらこの映画のテーマらしいと思った。
通常なら自由、バンザイになるところをくたばれ、と言う。自由なら、自由を否定することを言っても本人の自由だ、と言っているんじゃないか。
というように何かの主張があると思う作品だ。
それで連想するのはブニュエルがサルバトーレ・ダリと組んだ「アンダルシアの犬」である。「自由の幻想」と同様のシュールレアリズムの作品だ。短編で、サイレント映画だから、純粋に絵だけで勝負というところだが、「アンダルシアの犬」で描く各エピソードは各々まったく繋がりがないし、このエピソードの意味は・・・と言ってもホントに意味がない。
それが本作品でなにか意味らしきものを示したから、「アンダルシアの犬」から昇華したとも言えるが、意味らしいものを示している分、シュールレアリスムとしては不純物が混じったとも言える。「アンダルシアの犬」は純粋にシュールで、意味を考えても不毛なのだ。行き当たりばったりで描いているように見える。
映画として体裁を整えた分、不条理な世界が何か意味があるように思わせてはいけないんじゃないだろうか・・・と思ったりするのだが、そう言ったらお前に藝術もシュールレアリスムが判らないと言われそうだ。
まあ、その指摘は当たってるけど。