ノスタルジア

のすたるじあ|Nostalghia|Nostalghia

ノスタルジア

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レビューの数

61

平均評点

74.7(284人)

観たひと

451

観たいひと

98

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ジャンル ドラマ
製作国 イタリア ソ連
製作年 1983
公開年月日 1984/3/31
上映時間 126分
製作会社 RAI=オペラ・フィルム=ソヴァン・フィルム
配給 フランス映画社
レイティング 一般映画
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

自殺したあるロシア人の音楽家の足跡を追って旅を続ける詩人の愛と苦悩を描く。エグゼキュティヴ・プロデューサーは、レンツォ・ロッセリーニとマノロ・ボロニーニ。監督・脚本は「アンドレイ・ルブリョフ」「鏡」「ストーカー」のアンドレイ・タルコフスキー、共同脚本は「エボリ」「サン★ロレンツォの夜」のトニーノ・グエッラ、撮影はジュゼッぺ・ランチ、べートーヴェンの〈交響曲第9番〉、ジュゼッペ・ヴェルディの〈レクイエム〉他の音楽を使用し、マッシモ&ルチアーノ・アンゼロッティが音響効果を担当。美術はアンドレア・クリザンティ、編集はエルミニア・マラーニとアメデオ・サルファ、衣裳をリーナ・ネルリ・タヴィアーニ、メイク・アップをジュリオ・マストラントニオが担当。出演はオレーグ・ヤンコフスキー、エルランド・ヨセフソン、ドミツィアーナ・ジョルダーノ、パトリツィア・テレーノ、ラウラ・デ・マルキ、デリア・ボッカルド、ミレナ・ヴコティッチなど。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

イタリア中部のトスカーナ地方。詩人のアンドレイ・ゴルチャコフ(オレーグ・ヤンコフスキー)は、通訳のエウジェニア(ドミツィアーナ・ジョルダーノ)と共にモスクワからこの地にやって来た。目的は、18世紀にイタリアを放浪し故国に帰れば奴隷になると知りながら帰国し自殺したロシアの音楽家パヴェル・サスノフスキーの足跡を追うことだが、その旅ももう終わりに近づいていた。アンドレイがこの古都シエナの村まで来たのは、マドンナ・デル・パルトの聖母画を見たかったためだが、彼は車に残りエウジェニアがひとり教会を訪れた。ピエロ・デラ・フランチェスカが描いた出産の聖母像(イコン)に祈りを捧げる女たちとは対称的に膝まずくことのできないエウジェニア。温泉で知られるバーニョ・ヴィニョーニの宿屋で、アルセニイ・タルコフスキーの詩集をイタリア語に訳して読んでいるというエウジェニアに、アンドレイは反論する。「すべての芸術は訳することができない。お互いが理解しあうには国境をなくせばいい」と。アンドレイの夢に故郷があらわれる。なだらかな丘の家。妻と子供。白い馬とシェパード犬。シエナの聖カテリーナが訪れたという広場の温泉に湯治客が訪れている。人々が狂人と呼ぶドメニコ(エルランド・ヨセフソン)は、世界の終末が真近だと感じ家族を7年間閉じこめた変人だ。ドメニコを見かけたアンドレイは彼に興味を示すが、エウジェニアは、いらだったようにアンドレイの許を去った。ドメニコのあばら屋に入つたアンドレイは、彼に一途の希望をみた。ドメニコは、広場をろうそくの火を消さずに往復できたなら世界はまだ救われるというのだ。アンドレイが宿に帰ると、エウジェニアが恋人のいるローマに行くと言い残して旅立った。再びアンドレイの脳裏を故郷のイメージがよぎる。ローマに戻ったアンドレイは、エウジェニアからの電話で、ドメニコが命がけのデモンストレーションをしにローマに来ていることを知った。ローマのカンピドリオ広場のマルクス・アウレリウス皇帝の騎馬像にのぼって演説するドメニコ。一方、アンドレイはドメニコとの約束を果たしにバーニョ・ヴィニョーニにびきかえし、ろうそくに火をつけて広場をわたりきることを実行しはじめた。演説を終えたドメニコがガソリンを浴び火をつけて騎馬像から転落したころ、アンドレイは、火を消さないようにと、二度、三度と渡りきるまでくり返し試みるのだった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1984年5月下旬号

外国映画批評:ノスタルジア

1984年5月上旬号

外国映画紹介:ノスタルジア

1984年4月上旬号

グラビア:ノスタルジア

特集 ノスタルジア アンドレイ・タルコフスキー監督作品:作品評

特集 ノスタルジア アンドレイ・タルコフスキー監督作品:タルコフスキー論

1983年12月下旬号

試写室:ノスタルジア

2022/06/19

2022/06/19

10点

VOD/GyaO! 


退屈な誇大妄想の果て

退屈な映画。
世界を2人の男が救うとはなんと誇大妄想なことか。
マルクス・アウレリウスの像の上に並び焼身自殺する男も生きることと死ぬことの境界を見失った男のカオスの終着点を第9で閉じる空虚さが画面に充満する空しさ。
本作で唯一共鳴したのは主人公が夢の中で彫像となった自分の不自由さと恐怖を語るところがソ連での表現活動の不自由さを告白しているのかな点だ。
主人公はイタリアに滞在し、通訳の女のモーションも気にしない。
やはり主人公も心臓病患者で死と生の境界線を見失って、おそらく彼の少年時代の母親の面影を織り交ぜながら故郷を思い返しているのかなと思わなくもない。
ただそれは極私的な表現で見る者に共感を呼ぶ類のものでもない。
したがって退屈は倍加していくのだった。

2022/05/20

2022/05/21

70点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


難しい

2022年5月20日
映画 #ノスタルジア (1983年)鑑賞

ソ連を離れ“亡命者”となったタルコフスキーの初の異国での作品であり、祖国を失ってさまよう彼の心情が如実に出た、哀しく重厚で、イマジネーションに溢れた映像詩

というのを知らないとよく分からないと思いました

2022/01/07

2022/01/07

-点

選択しない 
字幕


タルコフスキー監督。前に見た二本よりは短かったけど、やっぱりイミフで退屈。ゲ〜ジツはむづかし〜ね〜。

2021/10/04

2021/10/04

79点

VOD/Amazonプライム・ビデオ/レンタル/PC 
字幕


世界の終末の救済

ネタバレ

 所見ではなく、主人公のアンドレイ(オレーグ・ヤンコフスキー)が出会うドメニコ(エルランド・ヨセフソン)が自らを犠牲にして世界の救済を訴えることは予め知っていたので、覚悟はできており、違和感はなかった。

 また、そのドメニコの依頼で、ジンクス的なロウソクの火を温泉に渡すことも前回のようにイライラすることなく観れた。

 そして、同じテーマであるタルコフスキーの「サクリファイス」を観たばかりだったので、理解しやすかったと思う。彼に想いを寄せるエウジェニアのことを理解できないのは悲しいが、世界の救済(自分自身の救済)について考えることが、アンドレイの目的だったように思う。

 心臓病でアンドレイは火を渡して力尽きるが、そこで自分の故郷を夢に観ることが出来た、故郷に佇むことによって、彼も安堵したんだろうと思う。

 それにしても、何度観ても、水の表現は美しい、ドメニコの住む廃屋の水の美しさは並みでない。火も水もタルコフスキーにとっては特別な存在で、特に水の表現はゾッとする位に美しかった。

2021/10/03

100点

レンタル/新潟県/TSUTAYA/蔦屋 白根店/DVD 
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【COSMOS/内宇宙】

イマジナリーラインを無視した上 フレーム外人物とのダイアローグ等、一般主流の小説体映画文法で判断すると極めて難解だが、詩的書体で綴られた作品と捉えれば『ニュアンス理解の霧中を漂う果てに屹立する至高の主題理解』のカタルシスが待つ。

劇中で言及される様に『詩は翻訳不可であり 理解には境界を越える事』が大きなポイントで、タルコフスキーはそれを[マトリョーシカ/入れ子構造]で実現する ~ 劇中の詩人ゴルチャコフが 音楽家サスノフスキーの足跡を辿るうちに自己投影してゆく様に、監督タルコフスキーの郷愁と それを観る我々の想いにも「境界」が取り払われてゆく。 ~私達は外部に目を向けていながら、私達自身の中に無限の拡がりがある事を識るのだ(それは同時に私たちの内にしかもう存在しないとゆう絶望をも示唆しているのだが…)。
それら劇中人物達・映画製作者・私達観賞者等 総ての[心象風景/cosmos]が[同一可視化]するラストショットは、映画屈指のカタルシスと美しさだ。




《DVD観賞》

2021/08/07

2021/08/08

-点

レンタル/東京都/ゲオ 
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解くことのできない難問の如く

ネタバレ

決して解けることはないのだが、解くことの難しい、いわゆる「難問」を一問ずつ解いていく。自分にとってアンドレイ・タルコフスキーの作品を見るということはそんな行為に等しい。意を決しないとできないことなので今年は時々やろうと思った。『惑星ソラリス』は以前に見ていたから、この『ノスタルジア』は、今年の正月の『ストーカー』に続く2回目の挑戦。

見た上での第一印象は、あまり言葉を尽くして語らなくても良さそうな作品か。話の構成は単純なのだがどうしてそういう行為に至るのか、こだわるのか宗教的背景の知識が皆無の自分にはわからない。ここは映像の詩人が描き出した絵画を堪能することに尽きる。

タルコフスキーの映像、特に水の切り取り方の美しさは(澄んでいるばかりでなく濁っているものも含めて)語り尽くされていて適切な形容も思いつかないが、『惑星ソラリス』を見た時からスチールだけで写真集ができそうな透明感がある。また、構図においても鳥肌が立つ程の完成度でこちらはこちらで絵画の如く画集として成り立ち得る気品を備えている。本作『ノスタルジア』もまた然りでこうした条件のもとキャメラが極めてゆっくりと横移動やパンを繰り返しながら時に見る側の驚きを誘う。

最後に主人公が息絶えて自らの郷愁の構図に辿り着きキャメラが引いていき雪が舞うラスト。最後の最後に立ち上がるのは郷愁構図を取り囲む巨大なイタリア寺院。私のような初めて見るものにとってこれはもう驚きでしか無かった。そしてタルコフスキーの映画がちょっとしたミステリアスな疑問残す。それはどうでもいいことなので自分にしてみればミステリアスなのだが、ノスタルジアの場合、飼い犬のシェパード犬が現実の旅に随行していたのか?いないのか?これは最後までわからなかった。