ノスタルジア

のすたるじあ|Nostalghia|Nostalghia

ノスタルジア

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レビューの数

32

平均評点

77.5(152人)

観たひと

246

観たいひと

73

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基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 イタリア ソ連
製作年 1983
公開年月日 1984/3/31
上映時間 126分
製作会社 RAI=オペラ・フィルム=ソヴァン・フィルム
配給 フランス映画社
レイティング 一般映画
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

自殺したあるロシア人の音楽家の足跡を追って旅を続ける詩人の愛と苦悩を描く。エグゼキュティヴ・プロデューサーは、レンツォ・ロッセリーニとマノロ・ボロニーニ。監督・脚本は「アンドレイ・ルブリョフ」「鏡」「ストーカー」のアンドレイ・タルコフスキー、共同脚本は「エボリ」「サン★ロレンツォの夜」のトニーノ・グエッラ、撮影はジュゼッぺ・ランチ、べートーヴェンの〈交響曲第9番〉、ジュゼッペ・ヴェルディの〈レクイエム〉他の音楽を使用し、マッシモ&ルチアーノ・アンゼロッティが音響効果を担当。美術はアンドレア・クリザンティ、編集はエルミニア・マラーニとアメデオ・サルファ、衣裳をリーナ・ネルリ・タヴィアーニ、メイク・アップをジュリオ・マストラントニオが担当。出演はオレーグ・ヤンコフスキー、エルランド・ヨセフソン、ドミツィアーナ・ジョルダーノ、パトリツィア・テレーノ、ラウラ・デ・マルキ、デリア・ボッカルド、ミレナ・ヴコティッチなど。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

イタリア中部のトスカーナ地方。詩人のアンドレイ・ゴルチャコフ(オレーグ・ヤンコフスキー)は、通訳のエウジェニア(ドミツィアーナ・ジョルダーノ)と共にモスクワからこの地にやって来た。目的は、18世紀にイタリアを放浪し故国に帰れば奴隷になると知りながら帰国し自殺したロシアの音楽家パヴェル・サスノフスキーの足跡を追うことだが、その旅ももう終わりに近づいていた。アンドレイがこの古都シエナの村まで来たのは、マドンナ・デル・パルトの聖母画を見たかったためだが、彼は車に残りエウジェニアがひとり教会を訪れた。ピエロ・デラ・フランチェスカが描いた出産の聖母像(イコン)に祈りを捧げる女たちとは対称的に膝まずくことのできないエウジェニア。温泉で知られるバーニョ・ヴィニョーニの宿屋で、アルセニイ・タルコフスキーの詩集をイタリア語に訳して読んでいるというエウジェニアに、アンドレイは反論する。「すべての芸術は訳することができない。お互いが理解しあうには国境をなくせばいい」と。アンドレイの夢に故郷があらわれる。なだらかな丘の家。妻と子供。白い馬とシェパード犬。シエナの聖カテリーナが訪れたという広場の温泉に湯治客が訪れている。人々が狂人と呼ぶドメニコ(エルランド・ヨセフソン)は、世界の終末が真近だと感じ家族を7年間閉じこめた変人だ。ドメニコを見かけたアンドレイは彼に興味を示すが、エウジェニアは、いらだったようにアンドレイの許を去った。ドメニコのあばら屋に入つたアンドレイは、彼に一途の希望をみた。ドメニコは、広場をろうそくの火を消さずに往復できたなら世界はまだ救われるというのだ。アンドレイが宿に帰ると、エウジェニアが恋人のいるローマに行くと言い残して旅立った。再びアンドレイの脳裏を故郷のイメージがよぎる。ローマに戻ったアンドレイは、エウジェニアからの電話で、ドメニコが命がけのデモンストレーションをしにローマに来ていることを知った。ローマのカンピドリオ広場のマルクス・アウレリウス皇帝の騎馬像にのぼって演説するドメニコ。一方、アンドレイはドメニコとの約束を果たしにバーニョ・ヴィニョーニにびきかえし、ろうそくに火をつけて広場をわたりきることを実行しはじめた。演説を終えたドメニコがガソリンを浴び火をつけて騎馬像から転落したころ、アンドレイは、火を消さないようにと、二度、三度と渡りきるまでくり返し試みるのだった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1984年5月下旬号

外国映画批評:ノスタルジア

1984年5月上旬号

外国映画紹介:ノスタルジア

1984年4月上旬号

グラビア:ノスタルジア

特集 ノスタルジア アンドレイ・タルコフスキー監督作品:作品評

特集 ノスタルジア アンドレイ・タルコフスキー監督作品:タルコフスキー論

1983年12月下旬号

試写室:ノスタルジア

2017/05/17

2017/05/17

100点

映画館/東京都/UPLINK 
字幕


父と子の名作映画観賞会 渋谷UPLINK 16:45

長男が映画好きになり、タルコフスキーのことは語りこんできた。特に「ノスタルジア」について。今回、息子の強引な誘いで渋谷まで足を運んだ。小さな空間。小さなスクリーン。

30数年ぶりに見た人生最愛の映画。20代の頃に感じた熱狂的な感激は失せてしまったが、これが映画を超えた映画であることは変わらない。

この映画は信仰です。この映画は宮沢賢治の「手紙 四」です。タルコフスキーから観客へ手渡されたロウソクです。

初公開時、ドメニコの家で第九が聞こえるシーン、歌詞の訳の字幕が出たと思ったが、今回はなかった。不親切だ。大事なのに。

Ihr stürzt nieder, Millionen ?
Ahnest du den Schöpfer, Welt ?
Such ihn überm Sternenzelt !
Über Sternen muss er wohnen.

すべての人々よ、ひれ伏すか?
創造主を感じるか、世界よ?
星空の彼方に彼を求めよ!
その彼方に彼は必ずおられる。

最初と最後に聞こえる哀しげな女の歌。ウクライナ民謡という"Ой, вы кумушки" 外国に行って戻ってこない恋人に呼びかける残された女の歌であった。妻がいなくなった夫を、母がいなくなった息子を求める嘆きの歌。だから女の方が熱心に祈るのです。
Fede=Вера
息子が見る前に「予備知識は必要?」と聞いてきた。
「そんなものいらないよ!」と答えたが見ていて、イタリア語とロシア語の聞き分けができた方がいいかな?と感じた。
アルセーニ・タルコフスキーの詩がロシア語とイタリア語で朗読されるのである。
今気づいたが「ノスタルジア」には私の最も好きなもののエッセンスが詰まっていたのだ。
ベートーヴェン+ロシア文学+イタリアオペラ

2017/05/10

90点

選択しない 


タルコフスキーの言語

わたし自身、この映画を理解できたとは思わない。ソ連から亡命したタルコフスキーの心情が色濃くでた作品であり、表題がノスタルジア。亡き(手放した)祖国への郷愁の念がこの映画の正体だろう。肉体と魂。肉体は祖国の土に還れなくても、魂はどうか?魂の救済という主題は次の『サクリファイス』にて昇華するが、やはり今回は個人的な魂の映画なのである。理解するしないの問題は、映画そのものになく、当時のタルコフスキーの状況を知るか知らないかに依るのだろう。

ともあれ、この映画はその難解さを理解できるかどうかではなく、タルコフスキーが到達した映画表現の美しさが魅力である。どのショットを見ても絵画的な美しさがある。特に冒頭の教会のシーン。宗教に明るくなくとも、祈りを捧げる人間の姿には、目に見えない精神が写しとられているように思えた。映画におけるキリスト教、祈りはフェリーニの御家芸だと思うが、フェリーニの場合、寄り添う相手は人間である。タルコフスキーは人間というよりその魂に寄り添う。難解なのは当然なのだ。タルコフスキーが挑んだ魂の描写は、後にも先にもタルコフスキーしかやっていない。それが成功したのか失敗したのか。わたしは成功していると思う。心臓を病む主人公が祖国への帰国を止めて、温泉の中、蝋燭の火を渡そうとする圧巻のシーン。安易なメタファーかもしれないが、蝋燭の火は魂のことで、魂をなんとか渡そうと、自由にさせようとする男の姿のように感じたのである。男自身でそれを行うというのが、まさに信仰なのだろう、と。魂の救済を行うのは個人。引いては魂の拠り所の指揮をとるのも個人。タルコフスキーは個人的な郷愁を、そんな形で描いたのだろう、と。

難解なのは当然のことで、それを語り得る映画言語がタルコフスキーにはあった。それだけのこのではないだろうか。そして、それは間違いなく作品に刻印されている。面白いつまらないではない、ただの映画の傑作なのである。

2016/05/16

2017/04/30

80点

VOD/GyaO! 
字幕


水が語ること。

タルコフスキーがソ連から亡命する直前の作品でもある(Wiki)。アイデンティティが
揺らぎ、辛い時期であったのか、登場人物の不安がストレートに伝わる。
タルコフスキー監督は映像表現を突きつめた人。
小説のように人物の意識の流れを書くことはできない。
動画という時間と空間の描写で作家の言葉を得る。
映画であればタルコフスキーは雄弁にもなるのだ。彼のコトバは映像美。
例えば水。タルコフスキーのトレードマークだが、言葉で水を表現しても難しい。
写真でも水の流れは表現しがたい。これが映像だと、すべて解決。詩情が宿るのだ。
芸術表現が可能だから、こういう映画になるのだろう。

2017/03/27

2017/03/27

50点

レンタル 
字幕


傑作と称されている

私にはよく理解できなかった。わたしのりかいりょくがたりないのか。さいしょでみるのがあきてしまった。

2017/03/11

2017/03/11

10点

テレビ/有料放送/IMAGICA BS 
字幕


世の中に「アンドレイ・タルコフスキーを貶してはいけない雰囲気」があるが、つまらないものはつまらない

はっきり言って、映像は綺麗だが、物語は全く理解できない。
どうも、世の中に「アンドレイ・タルコフスキーを貶してはいけない雰囲気」があるような気がするが、「映像の詩人」などと呼ばれていようが、自分としてはつまらないものはつまらないのである。

この映画、イタリア=ソ連合作映画であり、舞台はイタリア。
ロウソクがたくさん灯る教会では多数の小鳥が飛び出す、何これ???
から始まって、「フェーデなる言葉は『信仰』」、「神よ、なにか言って下さい」、などなど信仰の映画みたいな雰囲気の中、自分史っぽい「ノスタルジア」はロシアへの想いも綴られ、焼身自殺シーンはインパクトあるが、「母の思い出に捧げる-アンドレイ・タルコフスキー」という監督の言葉などなど、プライベート映像を見せられても、共感することが不可能。

長回しでスローな映像美には「この映像、綺麗だな」と思うところもあるが、意味不明の内容の映画は好きになれない。

[最高画質版]と謳っており、画質は良好だったが。

2017/02/11

2017/02/11

88点

映画館/東京都/K’S CINEMA 
字幕


郷愁と言う名の狂信

 魂だけで故郷に帰るような強い望郷の念を抱いているロシア人詩人が異国の地イタリアで狂信者と出会いその夢に望郷の念を重ねるという黙示録的な映画。
 ロシア人詩人の郷愁の思いが「国境を無くす」という現実離れした夢想に近づいたときイタリア人の狂信者に出会う。詩人は狂信者特有の迷いのなさを期待して彼に接近したのであろう。二人の魂の交歓は二人に破滅をもたらす。
 郷愁と狂信が融合したようなラストシーンが胸を打つ。