ファニーとアレクサンデル

ふぁにーとあれくさんでる|Fanny och Alexander|----

ファニーとアレクサンデル

amazon
レビューの数

19

平均評点

81.9(85人)

観たひと

138

観たいひと

43

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 スウェーデン フランス 西ドイツ
製作年 1982
公開年月日 1985/7/6
上映時間 0分
製作会社 スウェーデン・シネマトグラフ=スウェーデン放送協会TV1=ゴーモン=ペルソナ・フィルム=トービス・フィルムクンスト
配給 東宝東和
レイティング
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

スウェーデンの古い大学町ウプサラを舞台にブルジョワ階級エクダール家の人々の姿を1970年のクリスマスから約2年間の流れの中で描く。全5部より構成されている。エグゼキュティヴ・プロデューサーはヨルン・ドンナー。監督・脚本は「秋のソナタ」のイングマール・ベルイマン。撮影はスヴェン・ニクヴィスト、音楽はダニエル・ベル、美術はアンナ・アスプが担当。出演はグン・ヴォールグレーン、エヴァ・フレーリングなど。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

〈プロローグ〉大邸宅の一室でただ一人、人形芝居に興じる少年アレクサンデル・エクダール(バッティル・ギューヴェ)。彼は、亡霊を目撃することができる幻視の力の持主である。 〈第一部・エクダール家のクリスマス〉スウェーデンの地方都市ウプサラ。1907年のクリスマス・イヴ。富裕な俳優で劇場主のオスカル・エクダール(アラン・エドヴァル)は、キリスト降誕劇を上演している。妻で女優のエミリー(エヴァ・フレーリング)、彼らの子供アレクサンデルとその妹のファニー(ペルニラ・アルヴィーン)も出演している。劇の後、クリスマス・パーティが催された。中心人物は、もと女優であり、今日の栄華を築いたオスカルの母ヘレナ(グン・ヴォールグレーン)だ。彼女の三男、つまりオスカルの弟で土地一番の菓子店を経営するグスタヴ・アドルフ(ヤール・キューレ)が料理の指揮をとり、一方、次男の大学教授カール(ボリエ・アールステット)は酔いどれている。彼の家計は火の車で、ドイツ人の妻リディア(クリスティーナ・ショリン)にぐちを言い、なじる。グスタヴは、寛大な妻アルマ(モナ・マルム)公認で、召使いのマイ(ペルニラ・ヴァルグレーン)を愛人にしている。こうした大家族をひきいるヘレナは、パーティの後、一人残って、昔彼女の愛人だったイサク(エルランド・ヨセフソン)に、息子たちの話をする。 〈第2部・亡霊〉年が明けて、二月上演の『ハムレット』を劇場でリハーサルしていたオスカルは、過労のため突然倒れ、死んでしまう。ヴェルゲルス主教(ヤン・マルムシェー)の手で盛大に葬儀が行なわれた。父オスカルの亡霊を目撃するアレクサンデル。 〈第3部・崩壊〉オスカルの遺言で劇場をひき受けたエミリーは、努力するが、一年後、不入りから空しく劇場から手をひくことにする。ある日、アレクサンデルは、母がヴェルゲルス主教と結婚することを母自身から聞き、ファニーと共にエクダールの家を去り、主教館に移った。主教の母ブレンダ(アリアンヌ・アミノフ)、妹ヘンリエッタ(カースティン・ティーデリウス)、そして病気で寝たきりの叔母エルサ(ハンス・ヘンリック・レールフェルト)を紹介されたエミリーと子供たちは、この主教館をつつむ暗い空気に驚く。さらに華美に生活することを恐れる主教は、彼女たちに質素な生活と精神生活を強いた。 〈第4部・夏の出来事〉翌年、別荘でくつろぐヘレナのもとにエミリーが訪れ、結婚は失敗だった、離婚したいが夫が許さないと、苦悩を訴えた。アレクサンデルとファニーは屋根裏部屋にとじ込められ、主教の娘たちの亡霊におびやかされる。 〈第5部・悪魔たち〉エミリーの訴えを気にしていたヘレナはイサクに相談し、イサクの計らいで、子供たちは脱出に成功、イサクの家に預けられる。子供たちに去られ、アールとグスタヴの訪問で離婚をほのめかされた主教は、夜、寝つかれず、エミリーに心情を吐露する。彼女は主教の飲物に睡眠薬を入れ、彼は眠りに陥った。その頃、エルサの部屋のランプが倒れ、館は火に包まれた。主教も焼死する。 〈エピローグ〉エミリーはなつかしい劇場を訪問した。春になり、マイはグスタヴ・アドルフの子供を産んだ。エミリーはストリンドベルイの新作『夢の戯れ』の台本をヘレナに渡し、いっしょに演じたいと告げるのだった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2010年12月上旬号

DVDがおもしろい!:DVDコレクション No.475 「ファニーとアレクサンデル」

1985年11月下旬号

ザ・セレクション:ファニーとアレクサンデル

1985年9月下旬号

外国映画紹介:ファニーとアレクサンデル

1985年8月上旬号

特集 ファニーとアレクサンデル イングマール・ベルイマン監督作品:作品評

1985年7月下旬号

グラビア:ファニーとアレクサンデル

1985年6月下旬号

試写室:ファニーとアレクサンデル

2018/07/28

2018/07/29

100点

映画館/東京都/YEBISU GARDEN CINEMA 
字幕


解析マイベスト

  先週から始まった「ベルイマン生誕100年映画祭」の自分にとってのクライマックスである。日本公開時に岩波ホールで2回観たが、それ以来33年ぶりの鑑賞である。本作を観るまではマイベストムービーは「地獄の黙示録」だった。そして33年間順位の変動はない。
 本作の鑑賞で一番印象に残るのは、33年前も今回も、エクダール家とヴェルゲルス家の精神的貧富の格差である。物質的貧富の格差ではない。ヴェルゲルス家も物質的に貧しいというわけではない。だがヴェルゲルス家の精神生活は酷く貧しく感じられる。これは何故だろうか。
 清貧を望む信仰のためだろうか。だが、物質的に豊かでなくても、せめて精神的に豊かに、あるいは、物質的に豊かさよりも、精神的に豊かさを、これらが宗教の出発点の一つではないのか。それが宗教によって精神的に貧しくなるとしたら何のための信仰なのだろうか。宗教に対する根本的な疑問、本作の背後にはこれが流れている。
 プロローグ、大邸宅にただ一人、アレクサンデル・エクダールが存在する。彼は、霊的存在を感知する幻視能力者である。強い幻視能力者は宗教家か芸術家になる。アレクサンデルは芸術家になりそうである。
 本作の前半はエクダール家の物語である。本作の主人公、アレクサンデルにとっては長いプロローグのようなものである。第1部:エクダール家のクリスマスで始まり、第2部:亡霊を経て、第3部:崩壊へと至る。劇場主のオスカル・エクダールを中心として、もと女優の母ヘレナ、大学教授のカールと菓子店を経営するグスタヴという弟二人が主要人物として配置されている。
 大家族の物語をわかりやすくするため、堅実な性格のオスカル、悲観主義者のカール、楽観主義者のグスタヴと特徴的な性格付けがなされている。社会的には大学教授のカールはインテリで商売人グスタヴは口八丁のはずだが、家庭内では二人とも粗野なだけの人物のようになっている。これがいかにも内輪の物語という小世界観を強めている。
 エクダール家という世界は小さいが大らかで精神的にも豊かである。劇場を経営しているのが貢献している。演劇的生とでも呼ぶべきだろうか。家族の中での役割を演劇的に果たすことを楽しんでいる。
 エクダール家の平和も自然に達成されているわけではなくオスカルの努力によるところが大きい。母ヘレナが述べたように家族の中の役割を熱心に果たす人とそうではない人がいるが、オスカルは前者の人物だった。そのオスカルが死ぬとエクダール家の平和も崩壊へと向かう。
 アレクサンデルは、自分の幻視能力に戸惑っている。自分たちを心配して現れたオスカルの幽霊にも迷惑そうである。
 本作の後半はアレクサンデルの物語である。第3部:崩壊の途中から始まり第4部:夏の出来事を経て、第5部:悪魔たちへと至る。アレクサンデルを中心として、母で女優のエミリー、妹のファニー、そして何より対立するヴェルゲルス主教が主要人物として配置されている。
 オスカルの死によるエクダール家の平和の崩壊はその死に一番衝撃を受けた人物から始まった。衝撃の余波かエミリーはヴェルゲルス主教と結婚する。依存心の強いエミリーはヴェルゲルス主教に対して「あなたを通して真実を知るのね」と言い、ヴェルゲルス主教はその言葉を受け入れる。このやり取りには、人間関係の不健全さ以上の意味がある。
 真実は神からもたらされ、その神の前に信者個人が直接に対面する。牧師は信者の横に立つだけである。これが個人主義を生み近代社会の母胎ともなったとも言われるプロテスタンティズムの精神である。誰かを通して真実を知るのならば、その人物がカトリックにおける教会になっていることになる。
 結局、ヴェルゲルス主教は厳格な信仰者の仮面をかぶっていただけの悪しき人物だった。こういう人物の支配下にあるヴェルゲルス家の精神生活が酷く貧しく感じられるのは当然と言うことになる。宗教に対する根本的な疑問を脇に置きヴェルゲルス家のことだけを考えれば信仰の形骸化が精神生活の貧しさの原因である。
 これに対して生きた信仰も本作には登場する。アレクサンデルとファニーは、ヘレナの昔からの友人イサクの計らいで、ヴェルゲルス家からの脱出に成功し、イサクの家に滞在する。このとき、アレクサンデルはイサクによる本の一節の朗読を聞く。「ヘブライ語で書かれた本」というのはタルムードだろうか。それにしては物語性が強い。しかも朗読と言うより暗唱している。特定の一節が物語に発展しそれを人生の折々で何度も反芻して暗唱できる状態になっているということだろう。これこそが生きた信仰である。
 アレクサンデルは、自分の義父の死亡を願っている。その願望がかなったかのように義父の死を目撃する。彼の幻視能力が悪しきものを招いたのだろうか。
 エピローグ、エクダール家の平和は回復した。新たにエクダール家の中心となったグスタヴは、彼らしく、素朴な家族主義に基づいて、エクダール家の未来を語る。まるで産めよ増やせよの原始宗教のようでもあった。だが、近代社会においてで楽観的過ぎたようだ。愛人マイ絡みで一波乱ありそうだ。
 家族の問題が解決してもアレクサンデル個人の問題が解決したわけではない。彼の幻視能力が因縁の悪霊を招く。
 最後に解題をする。『ファニーとアレクサンデル』は「ファニー」と「アレクサンデル」に分解されるわけではない。「ファニーとアレクサンデル」と「アレクサンデル」に分解される。アレクサンデルは全体の主人公だから二重化されている。ファニーは単独では意味を成していない。ファニーは、プロローグでは名前が呼ばれるだけで登場せず後半の主要人物とするにも疑問が残るぐらいである。
 では「ファニーとアレクサンデル」は何を意味するのか。これはエクダール家を意味している。もっと言えばエクダール家の未来を象徴している。本作では家族主義が肯定的に描かれている。家族主義と言っても保守的なものではなく未来志向のものである。それがエクダール家の若い世代を代表する「ファニーとアレクサンデル」となっている。

2018/01/05

2018/01/05

-点

購入/ブルーレイ 
字幕

巨匠イングマール・ベルイマン監督作品。アカデミー外国語映画賞受賞。
主人公アレクサンデルと妹ファニーの祖母ヘレナは、元スウェーデンの国民的女優。彼の父で俳優兼劇場オーナーのオスカルの他に、大学教授のカール、菓子屋のグスタフの3人の息子がいる。それぞれの家族や使用人も含めた大家族は結束が固く、定期的に集まっては宴を開いていた。
ある日、芝居の練習をしていたオスカルが突然倒れ、帰らぬ人となる。アレクサンデルの母エミリーは、夫亡き後けなげに劇場をまとめていたが、いろいろと相談に乗ってもらっていた教会の主教エドヴァルドに惹かれ、1年後、子供たちを連れて身ひとつで嫁いでいく。実際に暮らしてみるとエドヴァルドのサディスティックな性格が明らかになる。虐待に近い扱いを受ける子供たち。エミリーは離婚を申し立てるが、法律を盾にエドヴァルドは首を縦に振ろうとしない。家族の苦境を耳にしたヘレナの旧友イサクは、非合法手段に訴え子供たちを救出。エドヴァルドは、エミリーが飲もうとしていた睡眠薬を飲み、昏睡状態のまま火事に巻き込まれて焼死する。
久しぶりに一族が揃って晩餐会が開かれ、一族の明るい未来を暗示して物語は終わる。
エンディングで、祖母ヘレナが、次回劇場にかかる芝居の原作をアレクサンデルに読むシーンがある。”どんなこともあり得る。何でも起こり得る。時間にも空間にも縛られず、想像の力は色あせた現実から、美しい模様の布を紡ぎ出すのだ・・・”本作は、まさにこの言葉に集約されるような作品。ある大家族の生活を豪華絢爛に贅を尽くして描いている。室内シーンひとつをとっても、家具調度のひとつひとつに気を配って並べている様子が窺える。また、基本的に定点での撮影が多いのだが、どこから人物が登場し、どこでアクションを起こし、どう退場するかというところまでがしっかりと計算されている。まるで舞台上の演劇のようである。
アレクサンデルは、よく亡霊を見る。最初は単に彼の想像力を映像化しているのかと思ったが、どうやら本当に幽霊が見えているようで、特に亡くなった主教の娘たちとの会話は面白い。
5時間20分にも渡る上映時間。全く飽きないでと言うと語弊があるが、観客を引き付ける力はかなりのものだった。

2016/07/11

2016/07/11

80点

レンタル/神奈川県/TSUTAYA/TSUTAYA 日吉中央通り店/DVD 
字幕


長ーい長ーい群像劇

5時間見れるかなと心配しながら、ブルジョア エークダール家をアレクサンデル中心の視点で描いた群像劇。最初から3部くらいまでは、ややだれ気味で見たが、4部からミステリー・ホラー傾向となり面白くなった。権威主義のキリスト教を否定するベルイマンらしさか。

2016/06/05

2016/06/05

82点

テレビ/有料放送/IMAGICA BS 
字幕


5時間を超える超長編ではあるが、ダラダラとした無駄なシーンがないので、退屈することなく、終わってみれば5時間が経過していたというのが正直な感想。怪奇譚を織り交ぜながらも、人物描写と物語の構成がしっかりしているので、観る者を飽きさせない。派手さはないが、大人の鑑賞に耐え得る名作である。

2016/03/31

2016/03/31

70点

レンタル 
字幕


長尺

イングマール・ベルイマンの自伝的作品。

兎に角、長尺。

最初の父親が亡くなり、主教が父親になったあたりから、物語りが俄然、面白くなりますが、そこまでが、割と退屈。

本当、兎に角、長尺。5時間。

2007/01/03

2016/01/13

90点

映画館 
字幕


豊饒にしてノスタルジック

この映画の公開当時、本作をもって引退宣言していたベルイマンに、そんなこと言わずにまだまだたくさん撮ってほしいな~、と願っていたのは自分だけではなかっただろう。

いつもの哲学的な深みや形而上学的な味わいがあまり感じられない物語の口当たりの良さにビックリで、一体全体どうしたんだろう、などと思ったのも束の間、そこはさすがのI・ベルイマン。北欧の清透な空気感を湛えた瑞々しい画面を背景に、宗教的イコンやシュールな幻視を織り交ぜながら家族の軋轢や親子の葛藤を紡ぎ出し、自家薬籠中たる神の沈黙を全編にそこはかとなく醸し出す。そんなベルイマンらしさテンコ盛りの豊饒にしてノスタルジックな人間ドラマは、自らの偉大なキャリアを閉じるに相応しい絢爛豪華な大団円とともに、ベルイマンならではの余情豊かな情景描写が心に残る秀逸にして完成度の高い大作群像劇でもあった。

あと、三時間短縮版しか観ていないので、機会があれば五時間バージョンを観てみたいと思う。