ファニーとアレクサンデル

ふぁにーとあれくさんでる|Fanny och Alexander|----

ファニーとアレクサンデル

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レビューの数

29

平均評点

82.5(117人)

観たひと

175

観たいひと

47

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 スウェーデン フランス 西ドイツ
製作年 1982
公開年月日 1985/7/6
上映時間 311分
製作会社 スウェーデン・シネマトグラフ=スウェーデン放送協会TV1=ゴーモン=ペルソナ・フィルム=トービス・フィルムクンスト
配給 東宝東和
レイティング
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

スウェーデンの古い大学町ウプサラを舞台にブルジョワ階級エクダール家の人々の姿を1970年のクリスマスから約2年間の流れの中で描く。全5部より構成されている。エグゼキュティヴ・プロデューサーはヨルン・ドンナー。監督・脚本は「秋のソナタ」のイングマール・ベルイマン。撮影はスヴェン・ニクヴィスト、音楽はダニエル・ベル、美術はアンナ・アスプが担当。出演はグン・ヴォールグレーン、エヴァ・フレーリングなど。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

〈プロローグ〉大邸宅の一室でただ一人、人形芝居に興じる少年アレクサンデル・エクダール(バッティル・ギューヴェ)。彼は、亡霊を目撃することができる幻視の力の持主である。 〈第一部・エクダール家のクリスマス〉スウェーデンの地方都市ウプサラ。1907年のクリスマス・イヴ。富裕な俳優で劇場主のオスカル・エクダール(アラン・エドヴァル)は、キリスト降誕劇を上演している。妻で女優のエミリー(エヴァ・フレーリング)、彼らの子供アレクサンデルとその妹のファニー(ペルニラ・アルヴィーン)も出演している。劇の後、クリスマス・パーティが催された。中心人物は、もと女優であり、今日の栄華を築いたオスカルの母ヘレナ(グン・ヴォールグレーン)だ。彼女の三男、つまりオスカルの弟で土地一番の菓子店を経営するグスタヴ・アドルフ(ヤール・キューレ)が料理の指揮をとり、一方、次男の大学教授カール(ボリエ・アールステット)は酔いどれている。彼の家計は火の車で、ドイツ人の妻リディア(クリスティーナ・ショリン)にぐちを言い、なじる。グスタヴは、寛大な妻アルマ(モナ・マルム)公認で、召使いのマイ(ペルニラ・ヴァルグレーン)を愛人にしている。こうした大家族をひきいるヘレナは、パーティの後、一人残って、昔彼女の愛人だったイサク(エルランド・ヨセフソン)に、息子たちの話をする。 〈第二部・亡霊〉年が明けて、二月上演の『ハムレット』を劇場でリハーサルしていたオスカルは、過労のため突然倒れ、死んでしまう。ヴェルゲルス主教(ヤン・マルムシェー)の手で盛大に葬儀が行なわれた。父オスカルの亡霊を目撃するアレクサンデル。 〈第三部・崩壊〉オスカルの遺言で劇場をひき受けたエミリーは、努力するが、一年後、不入りから空しく劇場から手をひくことにする。ある日、アレクサンデルは、母がヴェルゲルス主教と結婚することを母自身から聞き、ファニーと共にエクダールの家を去り、主教館に移った。主教の母ブレンダ(アリアンヌ・アミノフ)、妹ヘンリエッタ(カースティン・ティーデリウス)、そして病気で寝たきりの叔母エルサ(ハンス・ヘンリック・レールフェルト)を紹介されたエミリーと子供たちは、この主教館をつつむ暗い空気に驚く。さらに華美に生活することを恐れる主教は、彼女たちに質素な生活と精神生活を強いた。 〈第四部・夏の出来事〉翌年、別荘でくつろぐヘレナのもとにエミリーが訪れ、結婚は失敗だった、離婚したいが夫が許さないと、苦悩を訴えた。アレクサンデルは屋根裏部屋にとじ込められ、主教の娘たちの亡霊におびやかされる。 〈第五部・悪魔たち〉エミリーの訴えを気にしていたヘレナはイサクに相談し、イサクの計らいで、子供たちは脱出に成功、イサクの家に預けられる。子供たちに去られ、カールとグスタヴの訪問で離婚をほのめかされた主教は、夜、寝つかれず、エミリーに心情を吐露する。彼女は主教の飲物に睡眠薬を入れ、彼は眠りに陥った。その頃、エルサの部屋のランプが倒れ、館は火に包まれた。逃げ遅れた主教も焼死する。 〈エピローグ〉エミリーはなつかしい劇場を訪問した。春になり、マイはグスタヴ・アドルフの子供を産んだ。エミリーはストリンドベルイの新作『夢の戯れ』の台本をヘレナに渡し、いっしょに演じたいと告げる。その頃、アレクサンデルの前には主教の亡霊が現れるのだった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

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1985年11月下旬号

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試写室:ファニーとアレクサンデル

2007/01/03

2019/05/10

90点

映画館 
字幕


豊饒にしてノスタルジック

ネタバレ

この映画の公開当時、本作をもって引退宣言していたベルイマンに、そんなこと言わずにまだまだたくさん撮ってほしいな、と願っていたのは自分だけではなかったと思う。

いつもの哲学的な深みや形而上学的な味わいがあまり感じられない物語の口当たりの良さにビックリで、一体全体どうしたんだろう、などと思ったのも束の間、そこはさすがのI・ベルイマン。北欧の清透な空気感を湛えた瑞々しい情景描写を背景に、宗教的イコンやシュールな幻視を織り交ぜながら、家族の軋轢と親子の葛藤を紡ぎ出し、自家薬籠中たる神の沈黙を全編にそこはかとなく醸し出す、そんなベルイマンらしさが随所で味わえる豊饒にしてノスタルジックな人間ドラマだった。それはまた、自らの偉大なキャリアを閉じるに相応しい絢爛豪華な大団円とも言える完成度の高い大作群像劇でもあった。

あと、三時間短縮版しか観ていないので、機会があれば五時間バージョンを観てみたいと思う。

2019/02/09

2019/02/11

80点

映画館/東京都/新文芸坐 
字幕


ベルイマンらしくないかもしれない

5部編成の本編プラス前後のプロローグにエピローグを加えて5時間11分の超大作を鑑賞しても、長すぎて途中でダレてしまうと言う事はありませんでした。
ドラマの始終点が2年間程度の内容なので、いわゆる大河ドラマのように長期間にわたって主人公をずっと追いかける展開ではありません。
同じような日常の繰り返しの映像を重ねる中に、重大な出来事が日を置かずに、連続しているかのように起き、展開は宗教劇だったり、家族ドラマだったりし、またはホラーやサスペンス作品かと見まがう様な様々な装いを見せてもらい、スクリーンに引きずり込まれました。

本作品完成時のベルイマンは64歳になっていて、演劇にはかかわるが、これ以降は映画を撮らないと宣言します。
その理由は「映画作りの面白さを味わいつくした」からとの事で、スウェーデン映画史上最高の制作費をかけ、豪華なセットや登場人物など、ベルイマン最後の映画としての集大成となりました。

2019/02/09

2019/02/11

85点

映画館/東京都/新文芸坐 
字幕


来年は笑えるね

始まりのアレクサンデルの映し方でグット引き込まれる。
アレクサンデルが顔の部分から、セーターの襟の形、扉を通るとき横からみる瞳と睫毛、おばあちゃまの部屋まで来て全身が映される。半ズボンに黒いタイツだ。アレクサンデルの環境がわかる◎

クリスマスの一族の使用人を含めての晩餐。それぞれにかわす会話は現実味がありオモシロイ。四角張った顔の背の高いメイドが笑っていないと女の子は指摘する。「いろいろな思い出がよみがえってきて笑えない時もある」という。女の子は「来年は笑えるね」と返す。この会話◎◎

前妻の娘たち亡霊が出てきて彼女たちの死の真相を告げる。主教はひどいDVだ、と思っていた私は驚いた。主教はエミリーからスープを受け取る場面では主教がエミリーに救いを求めている様子が見て取れる。しかし、主教の愛情は宗教の正義、彼の家族のフィルタを通すと厳しいだけのものに変わる。最後まで主教の愛情と一家の考える愛の隔たりは縮まらなかった。

2019/01/13

2019/01/19

80点

選択しない 


宗教への疑念

ネタバレ

 劇場版とテレビ放映版と二種あるらしい。私が見たのは全5部からなるテレビ放映版。スウェーデンの劇場主一族の盛時から斜陽、落日へと向かう様子を少年の視点で捉えている。大河ドラマ風な大きな構えを持っている(5時間超!)ので、一部ごと丁寧に追うことができるテレビ版の方がより監督の意図に沿うのかもしれない。
 やはりテレビドラマとして製作された「ある結婚の風景」を思い出させるような製作へのこだわり様だ。一つの素材を多様な視点から捉えて、作り込まずにはいられないのがこの監督の性分なのかも。
 タイトルは一家の二人の子供の名前から取られている。でも妹のファニーはあくまで兄のアレクサンデルの後をついて歩くような幼い少女に過ぎず添え物ふうである。映画は多感な少年アレクサンデルの視点で語られると言って良い。そしてそれは監督自身の視点でもあるのだろう。厳格な宗教への反感を漂わせる少年の内面には、「神の不在」にこだわってきた監督の一面を見るよう。
 映画の前半はこの名家に集まる親戚や友人らによる華々しいクリスマスパーティーに費やされていて、実に明るく陽気な雰囲気である。ところどころで親戚たちの痴話喧嘩や乱交までもがあからさまに繰り広げられている。そこには愚かながらも人間らしい人々の営みが描き込まれている。でも後半はガラリと様相を転じる。
 そもそもエピローグからして、人形芝居に夢中なアレクサンデルに悪魔の姿を垣間見させて不吉な予兆を漂わせていた。子供思いの父の死から始まる暗転が、子供達や母エミリーを追い詰めていく。その張本人がまさに宗教の権化ともいうべき主教(カトリックでいう司教にあたるらしい)の存在。義父となった主教の権威を笠にきた態度に憎しみを覚える少年。この主教と母子との対立描写には宗教に対する不信が強く表現されていて観る側も胸が締め付けられる。
 劇的な展開で悪魔を葬り、一家に幸せが訪れるもののラスト、少年に再び焼けただれた主教の姿を幻視させ、暗黒が去ったわけではないことを匂わせる。まこと禍福ははあざなえる縄のごとし、か。

2018/12/29

2019/01/04

90点

映画館/東京都/ユジク阿佐ヶ谷 
字幕


イングマール・ベルイマンの「渡る世間は鬼ばかり」。あの主教はムスカだろ?

ネタバレ

デジタル・リマスター版で初鑑賞。

こういう名作と呼ばれる作品って御大層なイメージがあるじゃないですか。時間も長いし。
実はなんてことない話なんですよ。1部、2部なんてクリスマスと葬式やってるだけ。
それなのに全然飽きない。むしろ面白い。

だけどこれ、共に宗教行事なんです。実は最初から先々まで計算されていることを窺わせます。
1部は家族模様を俯瞰し、2部は一転、アレクサンデルの視点だけで話が進む。マクロ視点とミクロ視点を意識的に使い分ける。

「老年は山登りに似ている。登れば登るほど息切れするが、視野はますます広くなる」と名言を残したベルイマンは、単一的な視点だけでは物語を語り尽くせないことを熟知している。
映画的な面白さに満ち、全く飽きない326分。でもたった2年の物語。こいつら白夜だから夜が長いんだよ。

一見分かりやすい話ですが、直線的な物語ではなく、複雑で、人によって解釈が異なり得る物語です。
舞台に重ね合わせて人生を描く。人生は悲劇や喜劇であり、人は何かを演じる面と本性がある。善と悪の物語であり、恐怖と心の平穏の物語であり、生と死の物語である。

私は、「理想と現実」の物語に収れんできるんじゃないかと思っています。
アレクサンデルは言うに及ばず、祖母や母から妊娠しちゃったメイドに至るまで、登場人物全員が理想と現実のギャップに悩み苦しんでいる。
それが人生というものなのかもしれません。

よくベルイマンの自伝的要素があると言われ、おそらくそれはアレクサンデルのことだと考えられているんでしょうけど、私は登場する男ども全員にベルイマンが投影されているんじゃないかと思うんです。
女好き、神経症の叔父たちも、アレクサンドルを「怖い」と言う主教も。

2018/11/27

2018/11/28

90点

映画館/兵庫県/元町映画館 
字幕


大団円とも言えるような穏やかな結末

神の不在や絶望を描いてきたベルイマンが、晩年になって大団円とも言えるような穏やかな結末の作品を撮ったのが感慨深い。ブルジョア家庭での絢爛豪華な暮らしと主教の家での過酷な扱いとの対比が鮮やかで、亡霊を見る幼少期のトラウマのような幻覚も含めてスペクタクルな5時間余りを楽しませてもらった。ファニーの無言で見つめる瞳と女優陣の艶やかさやも印象的だが、陽気なパーティのシーン等は「ゲームの規則」をも思い起こさせて余裕さえ感じさせる。