ドキュメンタリーとはいえ、一本の映画なので、そこには当然、作り手の「意図」や「作為」があるはずだし、むしろあるべきなのだが、だからこそ尊いのではないか。
長年いろいろな人を見てきたというだけで論評するのはよくないのだけれど、この作品が作品として完成し得たのは、ある意味伊藤詩織さんの「素直さ」ゆえではないかと思う。
素直だからこそ、あんな形で事件の当事者にされてしまい、素直だからこそそのあとの警察含めた社会の対応に憤り、打ちのめされ、それでも、素直だからこそ、なんとかして自分の被害を認めさせ、その戦いを通じて、社会を少しでもいい方に変えたいと思ったのだと、直接知っているわけでもないのに、そんな風に感じた。
映画を作りながらも落ち込み続け、泣き呻き続け、加害者の顔を見ることに慄え続け、それでも、逃げず、素直に立ち向かい続けた。だからこそ、とうとう、ある種の「勝利?・・と呼んでいいモノではないのかも知れないけれど・・」を得たときに、依然として自分の無謬を語る加害者の会見に、堂々と参加するパワーを得たのだろう。
この作品の内容がすべて真実か、とか、どこまで開示性が高いのかとか、我々素人にとってはある意味どうでもいい。
表現として、そしてそこに描出された彼女の姿が、十二分に説得力があり、心に響く、これは真実だ。
だからこそ、みんなが観るべきなのだが、自分が見た回は意外と客が少なく、しかも男性が多いのが少し気になった。
(女性は自分ごとととらえすぎてつらくて観る気になれないのかも知れないが・・・)
一つだけ言うと、ある一人の善意によって救われた、ような構成になっているのは、逆に「物語化しすぎ」ともとれるかな、とは感じた。あそこでグッと感動してしまうのも事実なのだが・・