母かね子、弟良二と三人ぐらしの若い官吏浜田孝一はある日、平山のぶという見知らぬ田舎娘の来訪をうけた。のぶは信州の旅館で女中をしているとき、浜田孝一と名乗る青年に身を許し、叔父や旅館の女主人の反対を振りきって上京したのである。孝一の名を騙る男に弄ばれたと気がつくと投身自殺を図った。そんなのぶをあわれに思い、孝一は心当りの友人を訪ね回るが見当がつかない。そのとき安宅順介の姉ゆきのは弟の上役仁村、弟と結婚することになっていた正子の二人から、弟が正子を仁村にとられた腹いせに、会社の金を携帯して一カ月も前に姿をくらましたことを聞いてびっくりした。そこで彼女は孝一を訪ねて、金策を依頼し、穴を埋めた。一方、古傷を忘れようとしているのぶは、犯人を探さねばやまない孝一の態度が堪えきれず、東京に出ている郷里の友人なみを頼って飛びだすが、なみは工場にいなかった。そのまま工場で働くようになったなみは、工場主にいい寄られ、その妻にはいじめられて苦労するのだった。そのころ、街で偶然のぶに再会した孝一は、彼女の言葉から順介を犯人と推定し、彼を探し出して対決させた。のぶを愛し始めていただけに、孝一には対決させなければ済まない潔癖さがあったのだ。のぶにとって、順介こそ忘れがたい人間だったが、彼が押し黙っているのを見ると、「私はこの人を知りません」と悲しく叫んだ。順介に裏切られ、孝一の厳しさにも耐えられなくなったのぶは、交通事故であっけなくも死んで行く順介と、その傍らに茫然と立ちつくす孝一を背に夜の闇に消えて行った。