農事試験場に勤めている農学博士朝倉隆三は真実に生きる事を信念として地味な研究に没頭して来た。妻絹子も二十五年間何一つ不平を云わず四人の子供を育てて来た。家計は苦しかったが借金をしてまで長女の洋子を嫁にやった。絹子の実兄鉄之助は船のコックをしていたのだが失業し朝倉家に転り込み仲々出て行こうとしない。絹子は生活が苦しいだけに兄が恨めしかった。次女の圭子は家計の苦しいのを知って修学旅行に行かないと云いだしたが、絹子はヒスイの帯止を売って旅費を作った。長男の俊次は金物屋の妹娘三枝子の家庭教師をしていたが、やがて彼女を愛する様になった。しかし、三枝子が元華族松平と親しくなるのを誤解して、俊次は三枝子との交際を断ち、他のアルバイトをしながら大学に通った。そうした或る日、隆三が洋子の夫の工場長に迎えられるという吉報がもたらされ、朝倉家はわきたった。だが隆三はそれを断った。そして家族達は怒った。俊次は憤然と家出して、次の日もその次の日も帰らなかった。長い間の疲労から隆三は急性肺炎で倒れた。久しぶりに訪れた三枝子の機転で俊次もやっと帰って来た。隆三の枕許に坐った子供達は誠実に生きた両親の二十五年間を知って涕泣した。漸く隆三も全快した或る日--今日は隆三と絹子の二十五年ぶりの新婚旅行である。俊次が廻した奉賀帖を覗き込んだ絹子の眼頭は熱かった。見送りの中には三枝子の姿も見えていた。