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風立ちぬ(2013)
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(2015/2/20テレビ放送にて3度目の鑑賞。特段書き足すことはないが92点を100点に改めた) それにしてもこの芸術そのものとしか言いようのない作品の放送直後に「永遠の0」のごとき、みっともない以外の評言が見当たらぬ映画のカットを流す日テレは本当にダメだな… (8/4再鑑賞。何点か記憶違いがあったので訂正した。) まるで現代に作られたとは思えない純愛ラブストーリーの主筋をみて、時代遅れのお祖父さんが年寄りの冷や水的に作った反戦映画なのかな、とかと思って見ると、いい意味で裏切られる。 これは様々な語り方にむけて開かれた映画であり、反戦とか好戦とかいったイデオロギー的フレームづけ・類型づけを嫌う、非常に作家性の高い日本映画だと思う。 徹頭徹尾、時代の中で自らの夢を追求した一個人の心象風景を描くことにこだわったこの映画の中で、戦争ははるか遠景にある。予告編で何度も映ったショットだが、空母での着艦訓練を見学した帰りの主人公堀越二郎は、沖合に浮かぶ戦艦の方へは視線を向けることなく、まっすぐに自分の進行方向だけを見つめている。 同僚との会話や避暑地で語りかけてくるドイツ人の言葉の中に戦争の足音らしきものを感じ取らぬことはない。しかし、むしろ圧倒的にリアルに目の前に広がっているのは、名古屋駅前での銀行の取り付け騒ぎ、職を求めて線路上を危険も顧みずにさまよう人々、お菓子シベリアを与えようとすると逃げ出す子供たちといった、不景気と貧しさに包まれた日本というイメージだ。(対象的に、列車の車窓のむこうに広がる油絵調に描かれた水耕地帯や民家の佇まいはこれまで見たどのアニメよりも美しく、耽美的でさえある。私たち観客にとっては失われたこの美しい日本のビジョンはため息が出るようなものなのだが、これも主人公にとっては遠景でしかない) いっぽうで、頻繁に登場するイタリアの航空技術者カプローニ伯爵、ドイツのユンカース博士、そして極めて魅力的な同僚の本庄や上司の黒川などとの交流は、夢を追い技術を磨く者同士の敬意に溢れ、生き生きとしたものだ。 日本を包んでいた貧しさや社会の暗さに対して、一市民としての堀越は無力である…子供たちに受け取られなかった菓子シベリアに象徴されるように。しかしそれに対して航空技術者としての堀越にはチャンスが与えられ、彼も圧倒的センスでチャンスに応えることにより、幼少の頃から夢見てきた理想の飛行機を具現化する道程を積み上げていく。 「軍国への道をひた走る日本」という大きな歴史の構図ははるか空中のものであり、人々が向き合っている社会は、通ってる工場やら設計室やらシベリアを売ってるお菓子屋やらである。戦争時代でも特別なことはない、人々は目前の生活や状況と組み合いながら、それぞれの夢を見て生きていく。この映画が語ろうとしている目線の足場はこうの史代作の素晴らしい漫画「この世界の片隅に」に近いのかもしれない。(登場人物たちの生活レベル等はもちろんかなり異なるが…) そして、菜穂子との再会が訪れる。彼が、カプローニ伯爵との夢に登場した白い飛行機をかたどった紙ヒコーキで菜穂子と戯れるシーンは、やはりこの映画におけるクライマックスといってもよいシーンだったと全編を観たあとは思う。彼の理想の飛行機は、少年の夢のころは自由な空想に支えられた鳥のような姿をしているが、徐々に具体的な飛行機の形を形作りはじめる、そして菜穂子との戯れで使われる紙ヒコーキは、カプローニとの夢で出てきた白い飛行機と同様に、後に登場する試作戦闘機の特徴でもある途中から跳ね上がった形状の翼(逆ガル翼)を持っている。 貧しさの中で夢を追う技術者の心の道程と、そしてかつて震災の中で触れ合った男女の、互いを想い支え合う愛。これは美しい結節であると同時に、技術がみせる「美しくも呪われた夢」そしてそれを支える愛の結実が、やがて兵器に昇華する事を予告する残酷なシーンでもあったのではないか。 その後の展開はもはや涙なくして見られない。ゼロ戦の開発者である堀越二郎をモチーフにすることで当然予想される世界最強の艦上戦闘機の栄光と悲劇については、この映画はほぼ語ることがない。それらを語ることは「反戦」や「愛国」や「技術を間違った方に生かす人間の愚かさ」といったありがちなテーマ設定を観客に押し付けるだけだと監督は思っているのだろう。その代わりに監督が示したのは、意欲と才能にあふれる好人物と美しい夢、そして心優しい妻と支えあう愛情があり、彼らは一生懸命に生きた、そして全ては最も能力の高い兵器の形で結晶した…これをどう思い、どう語るのかという問い掛けである。 しかし、「あれが君のゼロか」というカプローニの視線の先に、次々と高速で飛び去り、何千とも見える白き機影の中へとあたかも墓標のように空に吸われていく零戦をみて、これが好戦映画だと思う者がいるならば、それはあまりにも映画をみる回路の欠けた人だろう。 堂々とした映画よりも映画らしい劇場アニメであり、またジブリの新作というより「日本映画の傑作」として見られるべき映画である。
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