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鑑賞日 2025/08/10  登録日 2025/08/10  評点 72点 

鑑賞方法 映画館/東京都/ヒューマントラストシネマ渋谷 
3D/字幕 -/字幕
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記憶と痛みを刻む映像美

まず、この映画に関与したSONYに深い敬意を表したい。よくぞここまで完成度の高い傑作を制作したものだと、心から感心する。日本でもぜひこうした社会的な問題を扱う映画にもっと資金が回ることを願う。

映画は前半、美しく温かな家族の風景が延々と映し出される。海辺やホームパーティーのシーン、娘の歯が抜ける細やかな描写、犬を飼うか否かのささやかな家族のやりとり――これらが後半の物語に深い余韻を与える。しかし、その穏やかな日常の背後には、軍事政権の影がじわじわと忍び寄っている。

中盤、複数の男たちが突然現れ、元議員である父親をネクタイ姿で連れ去る。この瞬間から家族の転落が始まる。父親を失い、収入源を断たれた家族は現実の厳しさに直面する。特にゼゼが去るシーンから、留学中の娘が帰国し税関で荷物検査を受ける場面への繋ぎは見事な演出だ。

印象的なのは、妻であり母であるエウニセをはじめ家族の感情表現が極めて抑制されている点だ。ラテン系の彼らが現実に冷静に対処する様は、軍事独裁下で感情を削ぎ取られた国民の姿をリアルに映し出す。新聞記者の前で家族全員が笑顔を作るシーンは、その象徴的な瞬間だ。

また、音楽の使い方も映画の妙味だ。調査に来た軍政の手先が、家のレコードから英国のプログレバンド「キング・クリムゾン」のジャケットを手にする場面や、娘が「カイターノに会った」と語る一言に、国外追放されたブラジルのミュージシャン、カイターノ・ヴェローゾの影が見える。

映画は観客に直接説明することを避け、最後のテロップで真実を示す。そのとき、多数の写真が意味を持って浮かび上がる。この作品は、過激な思想に政治が委ねられた時、国民は分断され、独裁政権は国民同士を敵に仕立てて弾圧するという普遍的な教訓を私たちに突きつける。

地球の裏側で起きた出来事と思わず、今なお現実に通じる問題として、ぜひ多くの人に見てほしい映画である。