詩人・吉増剛造は2011年の東日本大震災以降、詩が書けずにいた。人間にとって命の源でもある水は、詩人にとって重要な題材となってきたが、大津波の爪痕を直に見た彼は、すべてを剥ぎ取っていく水の衝撃に言葉を失った。吉増は詩を書く代わりに、哲人・吉本隆明の詩を米粒大の文字で写経のように毎日書き写し始める。本人が“怪物くん”と呼ぶ4年がかりで書かれた『詩の傍らで』は700枚近くに達する大作であり、歌人・与謝野晶子の肉声が響き渡り、サヌカイトが鳴り、アクション・ペインティングの創始者ジャクソン・ポロックのようにインクを紙面に叩きつける異様な光景が広がる。書くという原稿を逸脱して、一枚の紙に時間が堆積し、オブジェのような状態を呈する。それは長い時間の手習い書となり、新作への胎動となる。あるとき、京都には琵琶湖と同じ水量の地下水があると知った彼は、京都の水脈に新たな詩の創作の活路を求める。そこで吉増の前に、川端康成の幻影が現れる。京都に逗留し創作活動に励んだ川端康成の幻を見る才能に共振し、自らの詩作の糸口を手探りで見つけていく。ついに東洋の大精霊である水の神、龍に詩人の触角が触れ、吉増は水の運命の声を聴き、筆をとる。