鹿造はその昔、室戸崎といって、国技館の土俵も踏み一時有望視された力士であった。その頃、料亭の女中をしていたおさとと知り合い夫婦になった。しかし四十に手がとどくようになって下り坂となったとき、相撲だけに生きて来た鹿造は、年寄の株を買うことも思いきり、きれいに引退して田舎へ引込んだ。そして運送屋の荷役人に身をおとし、おさとの内職と共に辛うじて生計を立て、一人子の太郎が、人並みよりも大きく、相撲好きな子に育ったのをよろこびとしているのだった。鹿造と同じ運送店の帳場の道子には横田という恋人があったが、彼が力自慢で與太者じみているのが、道子の心配だった。土地の氏神の祭礼に行われる草相撲に出場するという横田の力自慢を、かつては本職だった鹿造に、この際封じてくれと道子にたのまれ、懸賞金がはいれば太郎の洋服も買ってやれると思い、彼は出場することを承知した。しかし老いた鹿造は若い横田にしょ詮勝てなかった。けれどこれは横田に反省する機会を与えた。賞金を鹿造にとどけに来た若い二人に、結婚費用がいるではないかとその金を押しかえす鹿造だった。やがて、待望の東京相撲がのり込んで来たとき、検査役席に、鹿造のうれしそうな顔がみられた。