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「ベイマックス」

ベイマックスは、人の気もちやいたみがわかる。そして、そのいたみやきもちをいやしてくれる。なんだか、ベイマックスは、わたしのおかあさんに、にているなと思った。

わたしのおかあさんは、いつも一ばんにわたしのいたみに気づいてくれる。けがをした時も、きょうだいげんかをしていやなことがあった時も学校でつらいことがあった時も。そして、なにも言わずにそっとわたしをだきしめてくれる。すると、わたしの中のかなしい気もちがあっというまになくなっていく。ほんとうにベイマックスといっしょだ。わたしはえいがをみて、ベイマックスになってかぞくや友だちをたすけたいなと思っていた。でも、ベイマックスにならなくても、おかあさんのようにやさしい気もちでいられたら、まわりのみんなもわたしと同じ気もちになれるのかなと思う。そして、やさしい気もちがどこまでも広がっていってくれるといいな。

「ファインディング・ニモ」

マーリンは、とても心ぱいしょうなお父さんです。いつもニモの事を心ぱいして、何か新しい事をするニモに、あぶないからと止めてばかりでした。

ぼくの父はきびしい人です。毎週日曜日になると、父と弟と三人で登山に行きますが、「つかれた。足がいたい。」と言っても、「ふだんからうん動しないからだろ。」と、少しもやさしい言葉をかけてくれません。ただ、だまってどんどん登ります。
「明日も登山かなぁ。いやだな。」と、ゆううつに思うこともあります。母とちがい、とてもまじめな父は、しずかでふざけたりもしないので、こわい時もあります。

きのう、ぼくは家のかいだんでころんでしまいました。おもいっきり左足を打ったのですぐにはれてしまいました。とてもいたくてなみだが出ました。その時も父は、「うん動をしないからすぐにころぶんだろ。」と、おこっているように言いました。本当にいたかったので、いしゃなのにと少し頭にきたし、悲しい気もちになりました。

次の日の朝おきると、ぼくの足にはほうたいがぐるぐるとまいてあり、大きな氷としっぷがはってありました。お母さんが「虎太郎がねむってから、お父さんがほうたいと氷をかってきてくれたんだよ。」と言いました。本当はきのうも心ぱいしてくれていた事を知り、ありがとうとうれしい気持ちでいっぱいになりました。
ぼくはその時、マーリンもぼくのお父さんも、子どもを心ぱいする気持ちは同じなのかなと思いました。父はあまりしゃべらないけれど、ぼくと弟に体力がない事を心ぱいして、週に一日しかないお休みの日に登山をしてくれているのだと思い、ありがたいと思いました。また、これからもつらくても滝沢家の登山部をがんばろうと心にちかいました。

「ファインディング・ドリー」

今年もまた、海へ行かなかった。最後に海へ行ったのは、私がまだ五才の時、保育園へ通っている頃だ。東日本大震災が起きてから、海が嫌いで、とてもこわい。

ドリーの住む海の世界は、すごく美しく静かだ。ケルプフォレスト海藻の森は、私の住む宮城県の海とよく似ている。

普段の生活を過ごしていると、私は、忘れてはいけない大切な事を、ドリーの様にすっかり忘れてしまう。そして思い出す事も少なくなってしまう。

二〇十一年三月十一日、東日本大震災が起きた。見たことのない大津波が来て、たくさんの人達を、海の中へと連れて行ってしまった。震災で海の中で迷子になって、まだ家へ帰れない人達が、宮城県だけでも千二百人も、いる。東北全体では、二千五百人にもなり、この数はなかなか減らない。

ドリーの両親が、もの忘れの激しいドリーのために、迷子になっても、ちゃんと家へ帰れる様に、貝がらをきれいに、ならべてくれる。震災で迷子になった人達も、一日でも早く、ドリーの様に家族の待つ家へ帰れる様に、道しるべの貝がらを見つけて欲しいと思う。そして私は、いつまでも震災の事を忘れず、声に出して伝えていこうと思う。

映画を観た後、「海の中、すごくきれいだったね。」と、お母さんに言った。すごくお母さんは、うれしそうだった。震災後から毎年新しい水着を準備してくれている。海に入るのは、まだこわいけれど、来年は、海へ行ってみたいと思った。

「映画 妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン!」

ぼくは、ぬらりひょんとたたかうところがいちばんおもしろかったです。それは、うさぴょんがめちゃめちゃおこってぱわーあっぷしてみさいるもつよそうだからです。つぎにおもしろかったところは、けいたくんがしんでようかいになったおはなしです。とくべつなことができなくてもおとうさんとおかあさんがしんせつだからぼくは、やさしいきもちになりました。ぼくは、こんどから、おもいやりをわすれずにかぞくといっしょにいようとおもいます。たとえば、みんなのおてつだいや、おとうとのせわなど、いろいろがんばります。

ぼくは、これからもようかいウォッチをみたいです。どうしてかというと、おもしろいところや、がんばっているところがたくさんあるからです。

「マレフィセント」

この映画は信らいできる大きなつばさをもったよう精マレフィセントの住んでいるムーア国に来た男の子のステファンと仲良くなり、真実の愛を約束した所から始まりました。

しかし大人になったステファンはムーア国をうばうために、マレフィセントのつばさを切り落としました。

私も大切な友達にうそをつかれてだまされたらとてもきずつくのでマレフィセントもとてもかなしかったと思います。

その後ステファンは結婚し王になり、それを知ったマレフィセントは、いかりと悲しみでステファンの娘のオーロラに「16才になれば、真実の愛のキスがなければ目が覚めない」のろいをかけました。

成長したオーロラは森で出会ったマレフィセントをフェアリーゴットマザーだと思い「よう精の守り神が私を見守っていてくれた。」と言う場面のやさしい二人の様子が好きです。

私が困っている時や悲しい時にもよう精の守り神がそばで見守ってくれるとうれしいです。

やさしい心を持っているオーロラが16才になりのろいで眠ってしまい後かいしたマレフィセントがあやまりながらキスをするとのろいがとけて目を覚ました場面が心に残っています。

なぜかと言うと相手を想いやるやさしい気持ちが真実の愛だとわかったからです。

この映画を見て、最初はのろいをかけるマレフィセントは悪いよう精だと思っていたけど本当の強い心とやさしさを知ることができておもしろい映画でした。

最後には、人間の国とよう精の国が一緒になりみんな仲良く幸せにくらすことができてよかったです。

私たちもやさしい心を持って困っている人がいたら助け合って、いろいろな国の人たちと仲良くくらしていけたらいいなと思いました。

「犬と私の10の約束」

偶然見た里親募集の一枚の写真。そこに写っていた一匹の子犬の目に、不思議と引き寄せられた。それがドド(雑種・オス)で、縁あって去年の十月からぼくの家族になった。

この夏、ドドの一才の誕生日に、ぼくはこの映画と出会った。映画を見終わった時、家族みんな泣いていた。涙が出た訳、それもみんな同じだった。ドドとの最後の時を想像したからだ。ぼくの目の前にいるドドは、毎日元気に走り回っているから、最後の時なんて今まで想像もしていなかった。ドドと過ごしたこの一年を振り返ってみると、金木せいの香りともみじの真っ赤なじゅうたんが広がった庭で走り回った秋、雪遊びをした冬、桜並木を散歩した春、暑さに負けずサッカーや水遊びを楽しんだこの夏、季節は移り変わっても、ドドはいつも変わらず、うれしそうにしっぽを振ってぼくのそばにいてくれたことに改めて気付いた。ぼくはわがままもたくさん言うのに、ドドは家族のそばにいるだけで本当に幸せそうに笑っている。その笑顔がとても愛しく、『ありがとう』の気持ちを伝えた。

映画を見た夜、母が一通の手紙を見せてくれた。『犬からの10のことば』。ドドは保健所出身の子犬だったので、二度と捨てられることがないようにとの願いを込めて、ボランティアさんが届けてくれたものだった。あかりとソックスがぼくとドドに重なり、この手紙のことばがすごくぼくの心に響いた。犬にも人間と同じように心がある。犬を物のように扱い、簡単に捨ててしまう人もいるようだが、人間が犬の立場になりその気持ちを考え、心を感じとることができれば、そんなことはできないと思う。動物の心、そして命を大切にする気持ちを持ち続けたいとぼくは思う。

十年後、ぼくは二十才、ドドは人間でいう七十才ぐらいだろうか。またその頃この映画を見返して、ドドと心おだやかに、これからの十年の思い出話ができると素敵だなと思う。

「ベイマックス」

ベイマックスは、人の気もちやいたみがわかる。そして、そのいたみやきもちをいやしてくれる。なんだか、ベイマックスは、わたしのおかあさんに、にているなと思った。

わたしのおかあさんは、いつも一ばんにわたしのいたみに気づいてくれる。けがをした時も、きょうだいげんかをしていやなことがあった時も学校でつらいことがあった時も。そして、なにも言わずにそっとわたしをだきしめてくれる。すると、わたしの中のかなしい気もちがあっというまになくなっていく。ほんとうにベイマックスといっしょだ。わたしはえいがをみて、ベイマックスになってかぞくや友だちをたすけたいなと思っていた。でも、ベイマックスにならなくても、おかあさんのようにやさしい気もちでいられたら、まわりのみんなもわたしと同じ気もちになれるのかなと思う。そして、やさしい気もちがどこまでも広がっていってくれるといいな。

「千と千尋の神隠し」

「今日からお前の名前は、センだ。」

ゆばあば様が千ひろの名前を「千」だけとり「セン」にしました。名前をとられると、自分が誰なのか分からなくなり家に帰れなくなりました。

私は、名前があることは大事だと思いました。「歩音」は、どうやってつけられたのか気になりました。お母さんに聞くと、「一歩、一歩音がなるように人生を歩いてほしい。」という意味がこめられていました。

わたしは、それを聞いて「へぇー。そんなに色々と考えられていたんだ。」と、思いました。

8月に赤ちゃんが生まれるので、もうすぐ四人姉妹になります。三人とも「音」の字が入ります。次に生まれてくる子にも、「音」をつけたいと思います。「百音」や「か音」や「未音」など、色々こうほは出てきます。でも、なかなか決めることが出来ません。 「名前をつけることは、むずかしいなあ。」 と思いました。なぜなら、名前は一生使うからすてきな名前にしたいからです。

たくさん考えて、せっかくつけた名前をゆばあば様は、かんたんにとってしまいました。私は、「千と千ひろの神かくし」を見て、名前をとられることは、ひどい事だと思いました。お友だちにも名前があります。一人、一人、大切な意味があります。だから、勝手にいじらずに、きちんとした名前でよぼうと思いました。

「僕たちは世界を変えることができない。
But, we wanna build
a school in Cambodia.」

「僕たちは世界を変えることができない」を見て私はたくさんの事について考えさせられました。その中でも二つの事が印象に残りました。

一つ目は主人公の甲太達が初めてカンボジアに行った場面です。そこは昔、イギリスの植民地でした。植民地というものはくわしくは分かりませんが、イギリスがカンボジアを支配していたそうです。一つの国が他の国を支配していたと聞いて私はそれら以外の国はこの植民地というじょう態を本当に止められなかったのかなとぎ問に思いました。もし止められていたら、戦争がなく、もっと世界はいい方向に変わったのではないかと思います。

二つ目は甲太が日本人のわか者の前で言ったスピーチです。そこで、カンボジアの子ども達を助けたいと一番に願っていた当本人が、こう言いました。
「ぼくがどんなにあがいても世界はびくともしません。きっと何も変わりません。」と。
最初は、カンボジアの子ども達のために学校を建てて、変えてやると言っていたのに無せき任だなと思いました。でもよくよく考えてみると、それは正しいのかもしれないということに気が付きました。七十億人以上の人々をたった一人で動かすことができればそんな世の中はめちゃくちゃになってしまうと思ったからです。

これらを通して私が最終的に思ったことは「世界は自分一人で変えられるものではない。全員で地球の未来を変えていくのだ。」ということです。世界にはフェアトレード商品という、まずしい国でも平等に物の売買をしています、という印が付いている商品があります。これを買えばまずしい国にもちゃんとお金が入ります。私達はこのようなものをもっと周りに教えていくという事くらいしかできないかもしれません。だけどそれがいつか私達のしょう来を大きく変えると信じています。

「ロビンソン・クルーソー」

ぼくは、ぼうけんが大好きだ。でも、クルーソーのように、ふねにのってしまに行ったりしたことはない。

ぼくのぼうけんは、キャンプでのこと。森の中でかけまわったり、海にとびこんだり、森林をたんけんしたりすることだ。

クルーソーのぼうけんは、む人とうに行って、木の上に家をたてたり、いろいろなはつめいをして、ラッパのごみで水道を作ったりする。クルーソーは、どう物たちと生活をしながらなかよくなった。それにやさしかった。どう物と人間で、心をかよわせることがすごいと思った。

こんな大きなぼうけんをするクルーソーにはかなわないけれど、ぼくも、家をたてたり、はつめいをしたりしてみたい。

どんなことにもチャレンジできるような、つよい人間になりたいと思った。

「シン・ゴジラ」
※作文の題名「真・ゴジラ」

「とくさつのかみさま」と言えば、円谷英二。ぼくは伝記を読んで知っていた。「ゴジラ」は、いつか見たいと思っていた。夏休みチャンスがめぐってきた。お父さんが、「シン・ゴジラを見に行こうか。」

とさそってくれた。ぼくは、ドキドキした。

えい画のはじまりは、東京わん羽田おき。そこにあやしいしぶきが上がる。東京わんアクアトンネルもほうらく。きょ大生物は、東京国さい空こうにせっ近していた。ぼくは、空こうがおそわれると思ったけれど、空こうも通りすぎ、川へ入っていった。通った場所は、みるみる赤くそまった。日本は、そう理大じんを中心としたきん急会ぎを開き自えいたいに出動めいれいを出すかどうか、ぎろんしていた。この時点で、ぼくはもう、えい画を見ているのではなく、本当にあったことをさつえいしたえいぞうを見ているようなかん覚になっていた。ぼくの口はあいていたにちがいない。海から出てきたゴジラはぼくのそうぞうをぜっする大きさだった。うたれてもダメージをうけず、とても強かった。こうげきえいぞうは、大はく力。ぼくもいっしょにこうげきした。自えいたい、海上ほ安ちょう、米軍、このすべての人、物がゴジラをたおすために、せいふときょう力し動いていた。これならゴジラにかてると思った。ぼくは子どもなので、こういう時はにげるし大人に守ってもらえる。でも、大人になったら守れる人になりたいと思った。

円谷英二は、三十二才の時、『キングコング』を見て、「すごい。まるで本ものが動いているようだ。」と、えいがのはく力とできばえにおどろいたそうだ。見る人がかん心するようなえいがを作りたいと、とくさつをねっしんにけんきゅうした。『シン・ゴジラ』はCGで作られているそうだが、円谷英二のあつい思いが、ちゃんとつながっている気がした。だから「シン」は「真」なのだ。

「さらばあぶない刑事」

ぼくはユージ。お兄ちゃんはトール。弟はタカ(シ)。ぼくたちはあぶ刑事三兄弟です。お父さんがあぶ刑事が好きでその名前をつけました。お父さんのあぶ刑事好きはとてもすごくてけっこん式も横浜で挙げたのよとお母さんが話してくれたし、けっこんしてからはお母さんもあぶ刑事が好きになったそうです。

今回えい画になったことでぼくの家は大さわぎでした。公開日が近づくとお父さんはとくにソワソワしていました。夏休み前にDVDが出たときはこれでいつでも見られるぞとよろこんでいました。

ぼくの名前の元になったユージは足ははやいしうんてんもとても上手です。タカは両手をはなしてバイクにのれるし、ダンスもできます。そして二人ともピストルをうつのが上手かったです。自分たちがあぶないのにときどきじょうだんを言いながらわるい人に立ちむかっていく所は三年生のぼくが見てもかっこよかったです。ダンディーとセクシーはちょっと分からなかったけど、とにかく二人はかっこよかったです。ぼくは二人がいのちがけで守ってくれた横浜にすんでいることがうれしかったしどこかでパトロールをしている二人に会えるんじゃないかと思っています。

ぼくのしょうらいのゆめはひふかいです。二人とはちがうし事だけれど二人のように強い気もちをもってゆめをかなえたいと思います。二人のようにときにきびしくときにジョークをとばしながら自分の好きなし事ができたらいいなと思います。

お母さんはこのえい画をきっかけにあぶ刑事好きのお友だちもできたそうです。みんないい人たちでこの前はレパードを見せてもらえました。えい画を通してたくさんの人がつながることができてえい画ってすごいと思いました。これからも家族でたくさんえい画を見てきょう通の話題でもり上がれる友だちをふやしていきたいと思います。

「さらばあぶない刑事」

ぼくのお父さんは、あぶない刑事が大好きです。お仕事から帰った時とかお休みの日の時間を使ってでも見る時があります。今回、映画になって今までで一番よろこんでいた様に見えたのでぼくも一しょにさらばあぶない刑事を見てみました。

映画を見て気付いたことは、ぼくとお父さんのわらうポイントが大体同じだったと言うことです。あぶない刑事をあまり知らないぼくでも面白いと思いました。そしてもう一つ気が付いたことがありました。それはあぶない刑事の登場人物の名前です。ぼくは透、弟は漢字はちがうけど、悠史。もう一人の弟は孝。みんな孝のことは「タカ」と呼んでいます。ぼく達はトール、ユージ、タカなんです。お父さんにその事を話したらニコニコするだけだったので、お母さんに話したら、「実は、そうなのよ。」と教えてくれました。

今から10年前のあぶない刑事の映画をお父さんとお母さんが見に行った時、一番わらったシーンが二人とも同じだったそうです。そのシーンで二人をわらわせたのがトールで、そのすぐ後にお母さんのおなかにぼくがいることが分かり、お父さんがあの時の様に自分達をえ顔にしてくれるように大好きなあぶない刑事から名前をつけたそうです。ぼくの次に弟が生まれ、そしてまた弟が生まれあぶない刑事がわが家にそろいました。お父さんはぼく達が生まれた時本当によろこんだのよと教えてくれました。ふだんはそんなこと全然言わないお父さんだけどぼくはこの映画でぼく達は本当に愛されているんだと思いました。

ぼく達はあの三人の様にカッコよくなれるのかな?みんなにあこがれてもらえる様になれるだろうか?色々考えてみました。そしてぼくがみつけた答えは一つ。ぼく達はこれからもずっとあの三人みたいに仲よくしてお父さんとお母さんがずっとえ顔でいられるようにすることです。ぼく達は津田家あぶ刑事だ。

「オデッセイ」

小さいころからぼくは、うちゅうひこうしになりたいと思っていた。何さいからなんておぼえてないくらいむかしから思っていた。このえい画を見てもっとうちゅうへ行きたいと思うようになった。このよでできるさい大のぼうけんがしたいからだ。

火星たんさ中にあらしがきて、物がぶつかったマーク。1人でとばされて火星にのこされてしまった。マークは自分でき地の中に、ジャガイモばたけを作ったり、水をつくったりして、自分の記ろくをとりながら生きのびた。

たくさんのことを色々ためし、しっぱいをくりかえしながら火星たんさきを見つけ、地きゅうと交しんすることがかのうになった。マークが生きていることに気づいたNASAは、ロケットをとばしてマークをたすけようとするがあせってうち上げしっぱい。名もない学生の考えでムチャな計画の方がせいこうした。

そして、ものすごいゆう気で長い年月をかけて地きゅうにせいかんした。

ここでひつようだったことは、ものすごいはんだん力。そのはんだん力は、ちしきとけいけんから生まれたものだとぼくは思った。

ぼくは、このえい画を見てよかったと思う。はんだん力や、あせらずれいせいに生きること、もうだめだとは思わないこと、ちしきをえること、けいけんをつみかさねることを学んだからだ。

こわいというより、わくわくした。

大ぼうけんを、あきらめないでやりとおす大人になりたい。

えい画のおわりにマークは、これからうちゅうを目ざすわかものたちにこうぎをひらいていた。「死ぬかもしれないと思う時は必ずくる。その時にうけいれるか、たたかうかだ。」と言っていた。

ぼくは、たたかう。

「海難1890」

ぼくは二年前、トルコと日本の関係を作文にしたことがありました。
ぼくにはトルコ人の友達がいます。ある時ぼくはその友達から日本を侮辱されたのでぼくも侮辱し返したことがありました。家に帰ってその事を話すとお母さんは笑って、「トルコは親日国だよ。」と、
言ってくれました。その時ぼくはなぜ、トルコが親日国なのかという興味がわいてきたので、調べてその事を作文にしました。

この「海難」という映画では、調べていたことが見てきたことのように迫力で伝わってきました。船が難破したシーン、怪我人を看護するシーンは想像以上にかこくだったんだと思いました。その中でも一番心に残ったシーンはテヘランへ救援機を飛ばすパイロットを募った時の事です。危険なミッションにもかかわらず、そこにいた全員のトルコ人パイロットが日本人救出のために自分から手を挙げたことです。ぼくは他国の人のために手を挙げるほどすごいことはないと思いました。

この映画は実話を元に作られていますが、話を知っていても感動して何度も泣きそうになりました。しかし、この映画に登場しない続きの話があります。それは2020年のオリンピック開催地を決めた時のことです。その時、日本とトルコは事実上の一騎打ちでした。そして日本が勝った時、トルコの首相は日本の首相の所に行き勝利をたたえ、翌日のトルコの新聞には「おめでとう日本」の言葉が出たという事実です。それは、日本とトルコの友情がまだ続いている証だと思います。

ぼくはこの映画から二つの大切なことがわかりました。一つ目は目の前に困っている人がいたら助けること。二つ目は伝えていくことの大切さです。人にしてもらった親切を忘れず、そして後世にきちんと伝えていくこと。その重要さをこの映画は教えてくれているのだと思います。

「くちびるに歌を」

私は、生まれてきた意味など考えたことがなかった。先日、「くちびるに歌を」を見た時、今までの人生で初めて考えた。映画の中で、原悟は自分が生まれてきた意味は「兄がいたから」だと語った。悟の兄、あきおは自閉症。両親が死に、あきおが世界に一人とり残された時だれかあきおの面倒を見てくれる人がいなくてはと両親は悟を産んだ。

悟は、合唱部の宿題として「十五年後の自分へ」という手紙を書く。やはり、悟の十五年後の自分への問いは「兄のとなりにいますか。」だった。私が悟だったら兄のそばは選ばない。実際、障害者の兄弟をもたなくては分からないこともあるのだろう。しかし、兄がなりたくて自閉症になったわけではないと理性では分かっていても、毎日の世話の大変さから兄のことを疎ましく思い兄なんかいなくなればいいと冗談ではなく本気で考えるだろう。しかし毎日の生活の中で十五年後までも兄のとなりにいたいと望む姿に大いに感動した。でも、なぜだろう。「兄のことがすきだから」その、家族に対する愛情だけで兄のために一生をつくすことができるのだろうか。悟はこうも語った。「僕は将来の心配がない。だって生まれてきた意味がはっきりしているから。」

私達が生まれてきた意味は両親から与えられるものであり、自分が与えるものだと思う。親から与えられたばかりの生まれてきた意味は、まだ、中身の見えない、真っ黒な箱だ。その箱を一生かけて自分の色に染め、また子に与えることが私たちの生まれてきた意味ではないのだろうか。

自分の色は、染め初めて見るまで何色かは分からない。何事も、やってみるまで何もはじまらないということを悟は教えてくれた。これからは、何事にもチャレンジして、自分の箱を大事に大事に自分の色に染めていきたい。

「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」

「一番大切なのは自分をしんじること。」

これは、ハリーがダンブルドアぐんだんのみんなに言った言葉です。わたしは、とてもいい言葉だなあと思って、心にのこりました。

ダンブルドアぐんだんは、ハリーや友だちのロン、ハーマイオニー、ルーナたちがつくった名まえです。やみのまじゅつにたいするぼうえいじゅつの先生のアンブリッジがまほうを教えてくれないので、自分たちで、つえをとばすまほうやものをうかせるまほうをれん習しました。一番むずかしいのはディメンターをおいはらうまほうです。そのまほうの言葉は「エクスペクトパトローナム」です。これをとなえると自分のしゅごれいが出てきてディメンターをおいはらいます。ハリーのしゅごれいはおじか、ハーマイオニーはカワウソ、ルーナはうさぎ、ジニーが馬です。みんながこのまほうがなかなかできなかったので、ハリーが「一番大切なのは自分をしんじること。」とアドバイスしたのです。

わたしは自分をしんじていないときがあります。たとえば、習いごとのダンスの先生がきびしいので、うまくおどれなかったらおこられるかもしれないと思ってドキドキします。わたしはまだ一度もおこられたことはないけれど、今日はおこられるかもしれないと思って、行く前にいつもドキドキします。でも、ハリーのように自分をしんじてダンスをおどればうまくいくし、ドキドキしないようになるかもしれないと思いました。

はんたいに、自分をしんじてうまくいったこともあります。それはそく転です。そく転がどうしてもできるようになりたかったので、こわいとか思わないでれん習してできるようになりました。どんなこともさいしょからあきらめないで、自分をしんじる気持ちを強くもつことが大切だということを、ハリーのえい画を見て思いました。